PhiloFrance フィロフランス

語学力ゼロでフランスに渡ったどさんこが、いかにしてフランス語を学習し、フランス社会を観察し、フランス生活に適応していくかの記録。

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思い込みを捨てるための本「すべての教育は『洗脳』である」堀江貴文著

   



堀江貴文さんの本をはじめて読みました。

「すべての教育は『洗脳』である~21世紀の脱・学校論~」というタイトルです。自分が思っていたことがまさに題名になっていたので、これはと思ってKindleで購入しました。

 

教育が与えてくれた余計なもの

思えば10年前に札幌で見に行った、芸術家の木路毛五郎回顧展で

  • 「観念をどれだけぬぐい去ることができるか」
  • 「教育でインプットされたことを捨てたい」

という言葉をメモしてきましたが、そういうことなんですよね。

教育は社会で生活するためのルールや知恵を授けてくれて、非常に役に立つこともたくさんあります。ただ、全部が正しく有用かというと、そうとは言い切れない。

なかには時代遅れな情報であるとか、惰性で引き継がれてきた不条理であるとか、いってしまえばいらないことも入っているわけで、しかしそれを見分けるのはとても難しい。だいたい、いらないことが入っていることに気づいていない人が、教える人も含めて大多数である。

そういうわけでむしろ学校いらないでしょうという、極端といえば極端な本です。

でも、あまりに学校で教わったことを疑ってかかる人が少ないので、こう言いきる人がいるぐらいのほうが荒療治で良いかもしれない。それに、学校からのドロップアウトが社会からのドロップアウトと同義になってしまうのは良くない。学校以外の選択肢が広がれば、それは多くの人にとってたしかに朗報でしょう。

 

自分の人生の主導権は自分で

この本では夢中になれることに「没頭」して、突出したレア人材になることをすすめています。その足かせになるのが、「オールB」的な凡人を量産する学校教育だというわけです。

ちなみにその「オールB」な人材が「納品」される会社もまた、学校と同じく洗脳機関だそうです。うーん、わかりますね。同じ組織にずっといて、その組織の常識一色に染まった人びと。いつかの某製薬会社のように、新人研修からもう始まっているんですよね。ああ。

どこまでを洗脳とするかは実際難しい問題ではありますが、自分の人生を自分で納得のいくように過ごせていないのであれば、何かに「洗脳」されているかもしれません。

そうならないためには、外から入ってくる情報を自分なりに吟味して取捨選択することですね。もう入っている情報についても、本を読んだり旅をして、定期的に疑問を持って整理することが必要です。

ホリエモンはいつか、「ぎょうざに青じそドレッシングをつけると美味しい、でもみんなやりたがらない」と言っていました。こんな他愛ない話でも、根っこは同じなんですよね。みんながやっていなくたって、定説でなくたって、美味しいものは美味しい。私も納豆の味付けに寿司酢を使うと美味しいって言ってるのに誰もやってくれない。美味しいのに。

ところで、家には今、到来物のバッタのスナックがあります。

これを「虫だなんて」と思わずにフラットな気持ちで味わえるか。そこに私の精神の自由がかかっている、のかもしれません。

 

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