日本にも女性差別はあるし、気づかなければいつまでも終わらない

日本で男女が平等でないことにはうすうす気づいていました。

うすうす気づいていましたが、フランスに住むようになって確信しました。

私は「人類がみんな幸せになればいいのに」と思っているので、そのためには「男女のあいだに不平等がなければいいのに」と思うんですよね。

油断するとつい無意識に差別思考がしみついてたりするし、日本は他の先進国に比べてその点遅れている気もするので、もっと普段から考えないとです。

 

スポンサードリンク

日本は「ジェンダーギャップ指数」で114位

内閣府男女共同参画局によると、「世界経済フォーラム」の各国の男女格差をはかる「ジェンダーギャップ指数2017」で、日本は144カ国中114位だったそうです。

この指数は「経済、教育、政治、保健」の4項目で判断されていて、日本が大きく失点しているのは「経済」「政治」です。

経済については、「『働く女子の運命』の不利さは個人でどうにかできる範囲ではない」をご参照ください。

 

日本の無意識の差別

ではさっそく、日常に潜む女性差別の例をいくつか。

 

「いいお嫁さんになるよ」

最近はこんなことを言う人もだいぶ減った感があります。

女性でこのフレーズを本気で言っている人って、もはや私の周囲では見かけません。

ただ「料理がうまい」とか「掃除洗濯など家事の要領がいい」ことへの純粋な褒め言葉で、悪気はゼロでしょうけど、そろそろこういう性別役割分担意識は終わってもいいと思う。

 

「結婚のご予定は」

文化でもスポーツでも、女性が引退するときによく記者会見で聞く「結婚のご予定はありますか」という質問。

それを男性には聞かないということは、結婚は女性にとってキャリア変更の理由になるけれども、男性にとってはそうならないということでしょうか。

たぶんそういう質問をするメディアも、悪気はゼロですよね。

 

「山田太郎さんとご家族」

どこかの自治体の移住促進パンフレットを見ていたときのことです。

ある街に住む幸せなご家族の生活の様子が、いろいろなシチュエーションの写真とともに紹介されていました。

それはいいんです。それはいいんだけど、タイトルが「山田太郎さん(仮名)とご家族」

夫だけじゃなく妻の名前も載せようぜ!と私は思う。

たぶんこの自治体も悪気はないですよね。

(ところで私は夫の名前だけの表札を見ると、妻の名前も載せようぜ!と思います。)

 

強制的夫婦同氏制度

上の話で言うと私は、「選択制夫婦別氏制度」が成立して夫と妻の名前がそれぞれ載ればいいのにと思います。

だいたい、選択制夫婦別氏制度反対にあたって「家族の一体感が失われる」とか言ってる人って、婚姻で名字を変えるほうの人とその生家の「一体感」のことをどう思ってるんですかね。

どうせ自分とその生家の「一体感」は失われない前提だからどうでもいいんでしょうけど。

 

戸籍制度と筆頭者

問題の根本にあるもののひとつが戸籍制度ではないかと思うんです。

戸籍では世帯のメンバーが「筆頭者」に紐付けられていて、「筆頭者」というのはだいたい「夫」であり「父」ですよね。

Wikipediaからの引用で恐縮ですけど、

「21世紀の現在では中華人民共和国(事実上形骸化している)と日本と中華民国(台湾)のみに現存する制度である。」

とあり、家族単位で国民を登録する戸籍制度はじつのところ世界的には少数派で、しかも男性を家族のリーダーにしてしまいやすい問題あり。

 

フランス人の反応

せっかくフランスに住んでいるので、私のまわりのフランス人による反応も少しだけご紹介してみます。

ちなみにフランスは「ジェンダーギャップ指数2017」で11位だそうです。

 

「結婚のために退職?」

「日本の女性は結婚で退職することがある」と聞いて驚くフランス人。

それじゃ女性のキャリアはどうなるの?経済的な自立は?と疑問でいっぱいの様子。

 

「日本の男性は同僚と飲んで遅くなるって本当?女性は怒らないの?」

男性が外で飲んでいる間に女性が家で家事や子育てをしていた日には、フランス人の疑問が爆発。

なぜ女性がそれを受け入れているのかもわからないらしい。

 

差別に気づかない、だから終わらない

上記の女性差別の例は、「積極的に差別している」のではなくて「差別的な慣習を無意識に守っている」という感じでしょうか。

つまり悪気はないと思うんですが、「悪気がない」というのは「認識していない」わけだから、案外厄介だったりする。

「同じ実力があるのに昇進の話が男子に先に行く」

「女子だから喪主じゃない」

といったようなことを、不公平と気づかずに自分の幸運をただ享受してきた男子の無邪気さ、その理不尽に気づかない女子の鈍感さが、差別的な社会を作り、またそれを継続してしまうわけで。

 

「昔からそうだった」としても、変なものは変です

自分の育った場所の慣習や、受けた教育を、「本当にそうなのかな」と検証しなおすのは難しいことですよね。

でも、人間の権利や差別にかかわることなので、普段から問題意識を持って過ごしたいものです。

私は、女性差別について気づいていながら何も言わない女子も良くないと思います。

「そういうものよね」「私も大変だった」「今を我慢すれば楽になるから」とか女子どうしでやっていても、それじゃ人には伝わらない。

「それは変だと思う」って、身近な人にでもいいから、少しずつ言っていったほうがいいんじゃないでしょうか。

まずはパートナーとか、自分の子どもとか。

 

スポンサードリンク
スポンサードリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました